『障害者虐待防止法』『障害者差別解消法』の施行にともない、関連セミナーや講習会が各所で行われています。先日も市の担当職員を講師に迎え、小規模法人連絡会主催の研修会があり、カトレア作業でも昨日、それを受けた職員会議を開きました。虐待についての話を討議していた折、重度障害の息子さんをもつ男性職員が、ある体験を話してくれました。

大型ショッピングセンターで、尿意を催した車いすに座る息子さんをトイレに連れて行ったおり、障害者用のトイレはあいにく使用中のサインが点灯中。仕方なく待っている間に、お漏らししてしまったそうです。息子さんは自力で立つことができないので、そのあとの大変さは言葉にできないぐらいだったはずです。さて、ランプが消えて個室の中から出てきたのは、なんと若いアベックでした。悪びれることもなく、口笛をふくがごとく平然と去っていたという。彼はそんな経験をこれまでに何度も味わってきたといいます。ぼくも、除外証がないのに障害者用の駐車スペースに平然と停めている人を見かけると、幾度か店舗にそのことを訴えてきました。心ない人のせいで、狭い車の間を大変な思いで車いすを下すお年寄りを見てから、耐えれない気もちがしたからです。これらの行為は虐待と解釈できないのだろうか。しかし、店舗の責任者は「モラルに任せるしかないので」と申し訳なさそうに対応するの精一杯だし、自治体の窓口でも、同じような答しか返ってきません。それは、ある意味しかたのないことなのです。罰するための法が制定されてないのですから。

世の中のいたるところで障害者を最優先せよと、ぼくは言っているのではありません。ただ、広い駐車場の中の、たった1台か2台分のスペース、そして大型店舗のたった一つのトイレ。そのわずかな空間ぐらいは、法の力で死守してもらいたいと願うだけです。モラルというならば、残りの広い、自由な場所で、どうぞ発揮してくださればいいではないか。