カトレア作業所の法人認可をお手伝いしている時期に、大江健三郎さんが書いた
一冊の本に巡り合ったのは幸運だった。
ノーベル賞受賞後に発表された『恢復(かいふく)する家族』は、
重度の障害をもつ長男・光さんと共に生きる家族の姿をえがいた
初の長編エッセイだ。本の帯には、
『父のやさしい文と母のあたたかい絵で綴る魂の記録』とあるが、
まさに、感動が静かに深く胸にしみこんでくるような作品だった。
法人設立の作業がしんどくなった時、同い年のNさんとコーヒーを飲んだ。
Nさんの長男は重度の障害があり、その彼が赤ちゃんのころから
ぼくらは交友があった。
障害者の作業所に関わっていることや、施設のことを話している折、ふと、
大江さんの本の一場面が頭によぎった。
光さんのことで家族と意見の衝突などがあって、大江さんが光さんの手をとって
家を飛び出し、デパートに行く。言うことを聞かない光さんが
父の手を振り払って雑踏の中に姿を消す。
その時父の頭によぎったこと。その後の父の生き方・・。
話すぼくの前でNさんは目にいっぱい涙を溜めていた。そしてお互い
震える声で「がんばってや」「がんばるわ」とだけ言葉を交わし別れた。
それから六年経った今、彼は作業所のぼくの机の前にいる。病気で退職した
会計事務の方に代わって、手伝いを買って出てくれたのだ。
「なんか、放っとかれへんねん」と言って。
ぼくは、あの時の喫茶店の風景を思い出す。大人の男ふたりが泣きながら
すすったコーヒーの味も。
きっと、互いの感情や利害とは別の次元に大江さんの言葉があったと思う。
良き本と出会うことは、もうひとり良き友人がそこに存在することに匹敵する。
ぼくは、それを確信している。