世界には多くの民話が存在する。中でもぼくが好きなのがキルギスの『賢い乙女』の話だ。
たしか、ぼくが敬愛する方の著作で読んだ記憶がある。
 
その昔、王の花嫁を選ぶためにある試験が行われ、とても難しい問題が出された。
「嘘と真実の間には、どれぐらいの距離があるのか?」
集まった多くの娘たちは答えられない。すると、一人の貧しい乙女が簡潔にこう答えた。
 
「嘘と真実の距離は、たった指四本の距離にすぎません。それは耳と目の間の距離です。
なぜなら、私たちの耳はたくさんの嘘を聞きますが、私たちの目は常に真実を見るからです」

ノンフィクションを書く者にとって、乙女の答えは仕事の根幹を成すものだ。だから取材せずにおられない。でも、どんなに話を伺い、資料をもらい、一緒にご飯を食べたり歩いても、取材相手とは一期一会の縁となることが多い。
会えばすぐお別れ。サヨナラには慣れっこだ、 と思っていた。

ところが、カトレア作業所の運営を担ってから、話を聞いてさよならとはいかなくなった。話をしていて十二年が過ぎた。利用者の誰もが、毎日違った真実をぼくの目に見せてくれるからだ。一日では絶対に見れない小さな変化と可能性。
ずっとただ寄り添ってきたからこそ、見れる真実もある。
だからぼくは、平気だったはずのサヨナラができないままでいる。